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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)2537号 判決

原告 小谷時江 外二名

被告 黄淑斎

主文

被告は原告等各自に対し、大阪市南区難波新地五番町四二番地の四四宅地(土地台帳公簿面二二坪二合六勺)上に存する木造瓦葺一部二階一部三階建店舗(間口一六尺四寸、奥行四四尺五寸)(現盛進洋行履物店)を収去して右敷地二〇坪二合七勺を明渡せ。

被告は原告等に対し金五、三六七、八二五円及び昭和三六年一月一日以降右明渡完了に至るまで月金六六、五八〇円の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告各人において金六〇万円の担保を供するとき第二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し大阪市南区難波新地五番町四二番地の四四宅地土地台帳公簿面二二坪二合六勺地上に存する間口約一六尺五寸奥行約四四尺五寸木造瓦葺一部二階建、一部三階建家屋(現盛進洋行履物店)(以下本件家屋と略称する)を収去して右土地(以下本件土地と略称する)を明渡せ。被告は原告等に対し金四五八、五八九円及び昭和二九年五月一日より同年一二月末日まで月坪当り金二、五〇三円、同三〇年一月一日より同年一二月末日まで月坪当り金二、七二八円、同三一年一月一日より同年末日まで月坪当り金三、〇一七円同三二年一月一日より前項明渡に至るまで月坪当り金三、三二九円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求めその請求原因として、本件土地は元原告等先代訴外亡小谷重穂の所有に属したところ、昭和二八年六月一八日右同人が死亡したので原告等においてこれを相続し現にその共有に属するが被告は昭和二一年頃より故意又は過失により右土地の上にバラツク建物を所有し後これを増改築して本件家屋となし右土地を占有し、よつて少くとも右亡訴外人(死亡時以前において)及び原告等(右死亡後において)に次の如き土地賃料相当の損害を与えて来た。但し坪数については二〇坪としてその範囲で請求することとする。即ち昭和二二年一月一日から同二三年九月末日まで合計金一〇、五〇〇円(昭和二一年勅令第四四三号統制令に準拠し坪月二五円の停止統制額により算出)、同二三年一〇月一日から同二四年五月末日まで合計金一、九三二円(坪当賃貸価格により昭和二三年物価庁告示第一〇一二〇号第一表より算出)同二四年六月一日から同二五年七月末日まで合計金九、六一八円(賃貸価格の等級を基準とし昭和二四年物価庁告示第三六八号第一の一表による)同二五年八月一日より同二六年九月末日まで合計金四三、八三四円(賃貸価格を基準とし同二五年前同告示第四七七号第一の一表による)同二六年一〇月一日より同二七年一一月末日まで合計金一〇二、六〇二円(各年度固定資産評価額を基準とし二六年同庁告示第一八〇号による)同二七年一二月一日より同二九年四月末日まで合計金二九〇、一〇三円(前同額を基準とし同二七年同庁告示第一四一八号による)以上合計金四五八、五八九円同二九年五月一日より同年末日まで月坪当り金二、五〇三円、同三〇年一月一日より同年末日まで同じく金二、七二八円、同三一年一月一日より同年末日まで同じく金三、〇一七円、同三二年一月一日より本件土地明渡まで同じく金三、三二九円の各割合による金額合計相当の損害である。そして原告等は右訴外亡重穂が死亡するまでに取得した右損害の賠償請求権をも当然均等の割合で相続したものである。よつて債務の性質上原告各自に対し右本件家屋を収去して右本件土地を明渡すこと及び原告等に対し右請求の趣旨記載金員の損害賠償の支払を求めるものである。

とのべ、被告の抗弁に対し、

すべて否認する即ち本件土地は亡重穂固有の所有物であつたもので、又出征必ずしも死を意味せず、従つて被告主張の如き管理を依頼したことも又実父及び戸主なるが故に被告主張の借地権設定という処分権に近い管理権を法律上当然に有する根拠もなく、又第三国人が本件土地周辺で日本の敗戦に乗じ目に余る横暴を働いていた当時第三国人を復代理人に選任することは明らかに「已ムヲエナイ」事由ありといえず違法である。尚主張の事情につき、訴外亡重穂が帰還後賃料を受取つたこと等全くなく明渡の厳談を重ねて来たもので被告は窮余昭和二六年(ユ)第六〇五号調停を申立てそこで再契約、売買の話が出たに過ぎない。

とのべ、再抗弁として、

仮に被告主張どおりとするも本件土地賃貸借は訴外亡重穂が帰還するまで一時使用のため設定されたこと明白であり右帰還と共に消滅したから被告が爾来現在に至るまで本件土地を不法占拠していることには変りない。

とのべ、

証拠として甲第一、二号証、同第三号証の一乃至四、同第四号証の一及び二、を提出し、証人烏野文夫、同館内フサ、同小谷権六の各証言、鑑定人中西兵二、同和田二郎の各鑑定結果及び当裁判所の検証の結果を援用し、乙第五号証の全部分、並びに同第六及び七号証の各官署作成部分の成立をみとめ、右両号各証のその余の部分及びその余の乙号各証の成立は全部不知。とのべた。

被告訴訟代理人は「原告等の請求はいづれもこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として、請求原因事実中本件土地がもと訴外亡重穂の所有であり、原告等主張の日時に原告等が右亡訴外人死亡によりこれを相続し現に原告等の共有に属すること。被告が本件家屋を所有し本件土地中その敷地部分約二〇坪を占有すること。はいづれも認めるがその余の事実は否認する。尚賃料増額の契約又は請求もないのに増額賃料相当金を請求するのは不当である。

とのべ、抗弁として

一、訴外亡重穂は訴外小谷権六の二男であつたが終戦前に後顧の憂いなく戦場にのぞみうるように実父であり当時戸主であつた右訴外権六に、本件土地を含む一切の財産につき借地権設定をも含むその管理を依頼し、従つてそのための対外行為については代理権を授与して太平洋戦争に出征していた、仮に然らずとするも右訴外権六と訴外亡重穂の親族関係(戸主であり実父である)よりして右権六は当然に借地権設定を含む管理権及び代理権を有していたところ、

(一)  被告は本件土地の前占有者訴外高乾坤よりその所有バラツク建物を買受けこれを取毀ちそこに建物をたてて履物商を営むことを企て右買受前に予め本件土地の所有者を探したあげく右訴外権六がその管理人兼代理人なることを知り早速昭和二一年三月一日頃奈良県榛原の疎開先に同人を訪ね、同所で本件土地を履物商用建物所有の目的で借受けたい旨申込み、その快諾をえ、その他の条件については権利金一〇、〇〇〇円賃料一坪月三〇円計六〇〇円毎月末次月分先払、期間同二二年九月末日迄但し協ぎの上更新可能と定めその頃右権利金及び同年三月分乃至八月分の賃料を訴外権六の指示によりその選任にかかる後記復代理人訴外王汝釣に支払い同人より契約書(乙第二号証)の作成交付を受けた。

(二)  仮に然らずとするも右賃貸借契約は前記訴外権六の指示により同人が当時本件土地を含むその近隣の訴外亡重穂所有にかかる土地の管理を再委託し同時にその管理行為のための対外行為については復代理人として選任されていた前記訴外王との間においてなされ、尚右の場合の選任は当時の如く訴外亡重穂の生死は勿論所在すらも不明であつた等の已むをえない事由に基きなされたもので有効であること勿論である、仮に然らずとするも前記榛原に訴外権六を訪問した際は右権六との間には只本件土地を賃貸する旨の合意のみがなされ、その余の賃貸条件についてはその後前記訴外王との間に前記同様に取きめられ、結局本件土地の賃借契約は訴外亡重穂代理人訴外権六及び同復代理人訴外王との間になされた。

(三)  仮に然らずとするも前同二一年二、三月頃先づ前記榛原において被告と訴外亡重穂代理人訴外権六との間に本件土地につき賃貸借の双方予約が成立し、然る後同年七月頃(本件賃貸借契約書作成の頃)前記訴外亡重穂復代理人訴外王より被告に対し右予約完結権が行使されたので結局被告と訴外亡重穂との間に本件土地につき前同条件の賃貸借契約が成立した。

二、そして前記各場合における賃借期間の定めは前記本件土地賃借の目的が建物所有にあるところよりして借地法第一一条により無効であるから結局期間の定めなきに帰し同法第一条により少くとも三〇年間となり未だ期限未到来なるが故に被告の本件土地占有は適法である。

三、仮に然らずして被告の本件土地占有が不法占有なりとするも損害金中昭和二六年七月分迄の部分は既に時効により消滅している。

四、尚事情に亘るが前同二二年九月末日分迄の賃料は前記亡重穂復代理人訴外王に支払い前記亡重穂帰還後は同人も本件賃貸について何等異議をのべず賃料取立に来ていたので同人に支払つて来、従つて再契約の必要もみとめなかつたので思いもよらずこれをなさなかつたことは勿論であるところ、同二五年五月頃右重穂が突如根拠なく金一〇万円の権利金を支払つて再契約をすることを要求し、被告に拒絶されるや更には坪金五万円で買取ることを強要するに至り紛議を生じ爾来右賃料を受取らないので被告においてやむなく供託して来たものであるが他方においては被告がかかさず届けて来た盆正月の挨拶贈物を心よく受領し被告は訴外亡重穂死亡の際にも通夜をつとめ、葬儀にも参列を許され極く心安い間柄であつたのでそもそも本訴を提起される所以がないのである。

とのべ、証拠として、乙第一号証の一及び二、同第二号証、同第三号証の一乃至四(但し三は欠番、一は写)、同第四及び五号証、同第六号証の一(但し二は欠番)、同第七号証、同第八号証の一乃至五、同第九号証乃至第一一号証、及び検乙第一号証を提出し、証人高乾坤、同王海京、同劉万産、同遊振元、同田中康造の各証言及び被告本人尋問結果を各援用し、甲第一号証及び同第四号証の二は不知、その余の甲号各証の成立を認める。とのべた。

理由

第一、建物収去土地明渡の請求について。

一、先づ本件建物を被告が所有し本件土地の内その敷地部分を占有していること右土地が原告等の共有に属することについては当事者間に争がない。そして検証の結果によれば被告の所有する右建物の間口は一六尺四寸奥行は四四尺五寸であることが認められ他の全証拠(成立に争いのある書証については弁論の全趣旨によりその成立を認める)によるも被告占有部分が右以上であることを認めるに足りない。

二、そこで次に被告の右占有権原に関する抗弁につき考える。被告は主張のいづれの賃貸借契約についてもその賃借期間が昭和二一年三月一日又は同年七月頃から同二二年九月末日まで(但し協議の上更新しうる)と定められたことを自陳した上、右合意は借地法第一一条により無効である旨主張し(尚双方より他に右合意が効果意思の瑕疵により無効である点につき何等主張立証がない。)その前提要件として右賃貸目的が建物所有を目的とするものであること、訴外権六は借地法所定の土地賃貸借契約(借地権設定契約)締結の代理権を有していたことを主張するところ、本件土地占有が建物所有の目的であつたことは検証及び被告本人尋問の各結果により容易にみとめられるところであるから被告主張の各賃貸借契約もそれが認められれば又同様の目的のもとになされたことは容易に推認しうるところである。そこで右いづれかの賃貸借契約成立事実が認めうるか又はその或る場合において訴外王が有効な復代理人であつたと認めうるかの問題はさておき、先づこの訴外権六における本件土地についての借地権設定契約乃至予約締結のための代理権の存否について考えることとする。

(一)  この点についてその代理権の発生原因として、被告は軍人の誰もがなす如く訴外亡重穂は出征に際し訴外権六に対し自己の財産一切の管理を依頼すると共にその管理の為の対外的行為については代理権を付与していたものであり本件の如く借地権設定も又右管理行為の内容に含められていたから当然、もしくは性質上当然含まれるから右訴外権六は本件被告主張のいずれの借地権設定契約(及び予約)締結のための代理権をも有した。

仮に然らずとするも訴外権六は重穂の実父であり戸主であつたから旧民法上右締結権を含む、法定管理権及び法定代理権を有した旨主張するが、抑々財産管理行為とは通常法律上(親権者、不在者の管理人のなす管理等)又は契約上(委任等の場合で以下任意管理と略称する)財産の帰属主体たる他人が(帰属主体が自己財産を管理する場合は法律上独自の意義をもたない)集合体たる財産全体の財産的全価値を維持する目的で以つてその構成分子たる個々の権利、義務関係を維持或はその権能又は義務を実現する事実的又は法律的行為をいい、法律上(例えば民法第一〇三条、後述)又は契約上の制限がない限り通常云われる権利を帰属主体から分離する意味での処分行為も含まれるところ他方任意管理においてはその管理行為が法律行為によるべき場合の代理権授与については民法上の法定管理の如き管理権と代理権の間に表裏一体の関係はないから結局管理権授与契約の解釈問題に帰するが、少くとも本件で問題となつている如き不在者の財産の任意管理では特段の事情のない限りその際代理権をも授与しているものと解するのが当事者の通常の意思及び財産管理制度の趣旨に合致する、従つてその場合の代理権の範囲限界も右管理権授与契約により定められた管理行為の内容限界に依存することになるがこれについても右契約で特別の定(例えば特定の又は包括的数種の管理行為を指定するとか)のない場合は結局補充規定たる民法第一〇三条によらざるを得ない。尚序ながらこの場合の管理行為の内容については少くとも本件の如き不在者の財産管理の場合においては右代理権の補充規定及び同様の場合における法定管理たる民法上の財産管理制度(特に財産管理権の範囲)を参照し、当事者の平均的意思を推測すれば特段の事情のない限り民法第二八条の前段同第一〇三条の範囲によるべきである。

(二)  これを本件についてみると、先づ証人小谷権六、同王海京、同劉万産の各証言及び訴状添付戸籍謄本等による弁論の全趣旨によれば、訴外亡重穂は大正九年七月二一日生れた訴外権六の実子(二男)で昭和一八年頃太平洋戦争に出征したが当時は独身であつたこと。訴外権六は訴外王汝釣に対し終戦直後頃本件土地につき息子が出征から帰つてくるまでの間で建物がバラツクであるなら貸してもよいと約束していたこと、昭和二一年三月頃奈良榛原の疎開先で訴外王海京、同劉万産、被告等に本件土地を管理している旨告げたことが認められ、これに昭和一八年頃においては太平洋戦争は長期戦を宣伝され生還が強く期待されない社会状勢にあつた公知の事実と経験則上出征する者は自己の財産の管理保存を肉親の一人に託しておくのが通常であることを考え併せれば本件土地の所有者である訴外亡重穂は昭和一八年の出征当時後顧の憂をなくするためその他の自己の財産と共にその管理を最も近い肉親であつた実父訴外権六に依頼しそして右が不在者の財産管理である点からしても又特別の事情の認められない本件においては前示の如く右管理の範囲内の対外行為についても当然に代理権を付与していたものと推認せざるをえない。

(三)  そこで次に右依頼された管理行為の内法律行為によるべきものについての代理権の内容又は限界についてみると、先づ右財産管理の依頼に際して個別的特定的管理行為として本件土地に借地法の適用を受くべき借地権設定(集合的財産の全体的価値維持と関連しないがやはりこれも財産管理行為たるを失わない)を依頼し従つてそれは法律行為によらねばならないから必然的に右特定行為についての代理権をも授与したことについては明確な主張立証なく却つて証人小谷権六の証言によれば訴外亡重穂出征の当時は本件土地上には建物が存在しており、出征後強制疎開により更地となつたことが認められるから重穂が出征に際し、右特定事項を想起して代理権を付与したとは考えられない。

そして証人王海京の証言及び被告本人の尋問の結果によれば重穂が本件土地以外の同人所有地で訴外王海京が被告と同様に訴外権六より借受け占有している旨主張していたのに対し自分は貸した覚がないから明渡せと抗議し訴訟問題が起り、又被告本人に対しても重穂より権利金の要求がなされたり同様の賃借権の存否について争があつたことがみとめられるが他に特段の証拠もないからこれにより重穂が権六に対する前記財産の管理委託契約において特に本件土地等の土地の賃貸による管理行為を排除する趣旨を定めたものとまで推認するに足らず、結局右財産管理契約においては管理行為の内容については積極消極両面において特定事項が定められず只「不在中よろしく頼む」程度の事であつたと推認せざるをえない。しからば前記に存在を認めた右財産管理について授与された代理権の範囲限界についても同様に特段の定めがなかつたものというべく結局その範囲限界は前記民法第一〇三条によることとなる。

(四)  そこで本件において被告が主張するが如き借地法の適用を受ける土地賃貸借即ち所謂借地権設定契約が右民法第一〇三条により許されるかについて考えるに、同条は当事者の意思を推測して前記所謂財産管理行為の一部分について規定したもので本件の如き土地の賃貸借は財産たる土地所有権の収益権能を実現する行為であつて同条第二号の利用行為に該当するからそれは同号規定の如く権利又は物の性質を変ずるが如き行為は許されずそして又本件の如き宅地建物所有を目的とする賃貸借にあつては建物を建てたところで所有権たる権利の客体である物の性質を変更したことにはならないことは明らかで只右権利の性質の変更の有無が問題になるが、抑々権利の性質は法が権利者に対し該権利を実現するために任意に選択的に行使享有しうるものとして与えた各種権能(本件の如き所有権ならば主として処分権能、収益権能、使用権能)によつて定まるものであるからかかる権能の右任意的選択的行使可能性につき爾前又は爾後に任意に(制約なしに)その回復を計りえないが如き相当期間に亘る量的又は質的制限が生ずる場合はその間その権利自体の性質もその限度で変更されたものといわざるを得ない

ところ借地法によれば同法所定目的のためにする土地賃貸借の期間は任意に当事者において定められず債務不履行による解除がなされない限り最低二〇年の長期に亘り(同第二条、同第一一条)しかも期間満了の場合も所有者たる賃借人において任意に契約の終了を求めえず借地人より更新請求がある限り正当事由がなければこれを拒絶しえず又しえても地上建物の買取りをせねばならない負担を甘受しなければならないこともあり(前同第四条)又借地権が譲渡され又は転貸され地主がその承諾をしない場合にも地上建物の買取を請求される虞があり、これに右更新請求がなされるのが通常でありこれを拒否するに足る正当事由の存在については相当厳重な解釈が行われ容易に認められないのが借地法存在下の公知の社会事情であること及び民法第六〇二条が土地について五年をこえる賃貸借は処分行為と同視して取扱つている法の趣旨を考え併せば借地法の適用ある賃借権(借地権)或は民法六〇二条をこえる賃借権が或土地に設定された場合はその所有権者自らの使用権能は前者の場合は地上建物の朽廃迄即ち半永久的に又後者の場合は相当長期間に亘りその制限されることとなりその結果所有権はその性質を変更するもの、従つてかかる借地権の設定行為は民法第一〇三条二号によつても許されないと云わざるをえない、そうだとすれば訴外権六は前記管理委託契約によつて与えられた代理権には被告主張の如き借地権の設定の如きは含まれていなかつたものと断ぜざるを得ない。

(五)  次に被告は、当時訴外権六は同人は旧民法上戸主であり実父であつたから法律上当然主張の如き借地権設定代理権を有した旨主張するが旧民法上においても戸主なるが故に法律上当然に家族の財産管理及び代理権を有していたものでなく家族の特有財産の管理は専ら夫婦財産制及び親権後見にまかされ後者においても原則として未成年子に対してのみであつたところ前記戸籍謄本によれば訴外重穂は大正九年七月二一日生であることが明かで昭和一八年の出征当時及び被告主張の本件土地に対する借地権設定当時は成年に達していたから当時家を同じくした実父たる訴外権六が右亡重穂の特有財産たる本件土地について親権に基く法定代理権を有する所以がなく被告所論は他の点を論ずるまでもなく理由がない。

三、以上の如く被告主張の本件借地権設定のための代理権はいづれも認められないから前認定の期間を昭和二二年九月末日までとした被告主張のいづれの本件賃貸借契約もたとえそれが認められたとしても借地法の適用を受ける所謂借地権設定契約としては無権代理行為であり特段の事情ない限り本人たる訴外亡重穂に効果は生じえない。

尤も被告主張の右いづれの賃貸借契約においても必しも借地法の適用を受ける土地賃貸借に絶対に固執するものでなく民法六〇二条限度内の契約を主張するものと解しても右期間満了済であることはその主張自体明らかである。従つて被告の本項正当占有権原の抗弁は他に何等特別の主張がないからその前提要件の一つたる訴外権六の借地権設定についての代理権が認められない限り爾余の点(主張契約が認められるか又その当事者が誰かそれに復代理権が存したか等)につき判断するまでもなく理由がなく採用しがたい。従つて又原告等の再抗弁についても判断するまでもない。

第二、損害金請求について、

先づ被告が本件土地をおそくとも昭和二二年以降現在まで占有して来たこと及び原告等が昭和二八年六月一八日先代訴外重穂の死亡により本項損害賠償債権が存在するとすればこれを含む財産を均等の割合で相続取得したことについては当事者間に争がない。そして被告から賃貸したという訴外権六の代理権の範囲が前項判示の如きものであるから、おそくとも被告の自陳する主張賃借期間満了の日である昭和二二年九月末日後においては被告の本件土地の占有は不法占有といわざるをえずしかも借地権を主張して土地を占有する者として被告はその借地権の存否につき十分調査すべき義務があるというべきであるから結局において本件の如く特段の事情につき主張立証がない限り右被告の不法占有は不法行為を構成すると云うべきである。

そして原告先代重穂及びその死後においては原告等が(以下単に原告と略称する)右不法行為により蒙つた損害については、地代家賃統制令(昭和二一年九月二八日ポ勅令第四四三号)第二三条第一項第二号によれば昭和二五年七月一一日以後に新築に着手した建物の敷地(原告はそれより以前に明渡を受けたならば自ら建物を建てて賃貸し若くは他人に土地を貸して建物を建てしめたかも知れぬが本件係争地附近は住宅地でなく却て殷盛な商業地域なること当裁判所に顕著であるから地代家賃の統制を受けるような建物建築は到底考えられない。)については同令の適用が一律に排除されているから右日時以後において原告が本件土地の明渡を受けて建物所有のために賃貸するとすれば常に賃料の統制を受けない点よりすれば本件の如く被告所有の建物により敷地の利用を妨害している場合においては特段の事情ない限り原告は所謂通常損害として昭和二五年七月一一日前においては各時点における統制賃料相当額(即ち増額請求をなす場合の増額さるべき賃料でなく常にその時点において新規に賃貸する場合に約定さるべき賃料である、)の損害を、右同日以後においては建物所有のための非統制賃料(以下自由賃料と略称する)相当額の損害を蒙つている(本件では右をこえる特別損害については主張なし)と解すべくしかも右自由賃料は現在までの所、特段の事情のない限り統制賃料より多額であり、又或年度の自由賃料が前年度のそれと同価若くはよりも高価であることも公知の事実であり経験則上近き将来も同様であると推測しうるから昭和二五年七月一一日以後においても自由賃料額の証明がない場合においても統制賃料額の立証があれば少くともこの限度で損害額を認定しうるところである。

これを本件についてみるに、原告等請求中昭和二二年一月から二三年一〇月一〇日までの分については原告等は只坪金二五円と主張するのみで停止統制額の要件事実たる地代家賃統制令(前同ポ勅)第四条、旧同令(昭和一五年勅令第六七八号)第三条第一項各号第六条第二項第七条第二項、第八条、第二二条のいづれかの要件事実について何等具体的主張及び立証がなく、昭和二三年一〇月一一日より昭和二五年七月末日までの分については、昭和二三年一〇月九日物価庁告示第一〇一二号第一所定の賃貸価格及び同昭和二四年六月一日前同庁告示第三六八号第一所定の賃貸価格の等級の、昭和二五年八月一日乃至昭和二六年九月末日までの分については昭和二五年八月一五日前同庁告示第四七七号(右改正に関する第六、第七次前同庁各告示)第一の一の(1) の賃貸価格、又は同(2) の評定賃貸価格の、各主張立証がないから昭和二二年九月末日までの被告の本件土地の占有権原(借地法上の借地権やいわゆる長期賃借権の認められないことは前判示の通りであるからこの場合は専ら短期賃借権)についても予め判断するまでもなく主張自体理由がない。そこで進んで昭和二六年一〇月一日以後の分について考えると昭和二九年五月一日以後の分については自由賃料の主張及び立証(それを措信しうるかはさておき)があるがそれ以前の分については右がなく却つて統制賃料の算定基礎事実の主張立証があるので前示の如く統制賃料額限度によることとするがこの場合にも本件の如く何等反対事実の具体的主張立証がない場合は統制賃料も原則規定による算出方法によれば足るとすべく、更に、地代家賃統制令第五条、地方税法(昭和二五年法律第二二六号)第三章第二節、第九次物価庁告示(昭和二六年九月二五日同庁告示第一八〇号)及び右改正に関する第一〇次同庁、第一一次経本各告示、第一三次建設省告示(昭和二七年一二月四日同省第一四一八号)及び右改正に関する第一四乃至一九次同省各告示、並びに昭和二六年一〇月三日物四第三五六号、同二七年四月七日経物第一号、同年一二月四日建設省発住第一〇八号同二八年四月四日前同第二八号及び同二九年四月五日前同第二四号、各通牒によれば前記統制賃料即ち停止統制額は固定資産税課税台帳登録価格(以下価格と略称する)即ち前同二六年一〇月一日以降同二七年一〇月末日までは同二六年度の価格、同二七年一一月一日以降同二八年三月末日までは同二七年度の価格、同二八年四月一日以降は毎年四月一日以降翌年三月末日までの間該年度の価格に対し昭和二六年一〇月一日以降二七年一一月末日までは一〇〇〇分の二・二を、同二七年一二月一日以降は一〇〇〇分の三を各剰じて算出すべくその場合前年度の価格による額が次年度のそれによる額より多額になる場合は前者を据えおくべきものと定められている。また成立に争のない甲第三号証の二及び三、及び損害額認定基礎としての賃料としては鑑定根拠を比較的明示する点より採用しうる鑑定人和田二郎の鑑定結果によれば本件土地の坪当りの土地自由賃料月額(同鑑定結果による各年度の坪当り適正賃料×10/7)は昭和二九年度(一月一日以降一二月末日まで)金二八五〇円、三〇年度(前同)金三四五〇円、三一年度(前同)金三五五〇円、三二年度(前同)金四〇〇〇円と決すべく、更に四二番地の七(六一坪二〇として)の昭和二六年度(合計年度の意)の前記価格は金一一、五一一、七二〇円、二七年度のそれは金九、七九二、〇〇〇円、本件土地四二番地の四四(二二坪二六として)の二八年度のそれは金五、三四二、四〇〇円、と認められるが、一方右に成立に争のない乙第五号証により認められる登記簿表題と前に成立を認めた乙第二号証添附甲号表とを併せ考えれば本件土地は元来四二番地の一部であつたがその後昭和二七年頃に分割されたことが認められ、他の証拠を総合するも被告占有土地と右二六年、二七年頃の四二番地の七との関係は明らかでないがいづれにしても同じ四二番地に属し、しかも同種地帯としてさして価格に差等あるものとも考えられないから少くとも賃料相当額の損害金算出の基礎として利用しうるものと解する。そして原告は損害金算出基礎として坪数二〇坪の範囲で請求をなすところ検証の結果によれば本件建物間口は一六尺四寸で奥行は四四尺五寸で隣接建物と接して建てられていることが認められるから被告本件土地の占有部分もこれと一致することとなり右面積は結局二〇坪二合七勺となるから原告の請求はその算定基礎として坪数を二〇坪とする限りにおいて勿論正当であるから以下の損害金計算については二〇坪によることとする。

そこで右坪数と前記価格及び剰数比率に従つて昭和二六年一〇月一日以降の賃料額相当の損害金額を計算すると次の通りである。

即ち(以下銭以下切捨計算による)

(一)  昭和二六年一〇月一日以降同二七年一一月末迄(同二七年一〇月登録の価格による同二七年一一月分の賃料は前月のそれが据おかれる。

20/61.20×2.2/1000×11511720×14 金 一一五、八六九円(原告請求額は金一〇二、六〇二円)

(二)  前同二七年一二月一日以降同二九年四月末日迄、

(1)  前同二七年一二月一日以降同二八年三月末日迄、

20/61.20×3/1000×9792000×4 金 三八、四〇〇円

(2)  前同二八年四月一日以降同年末日迄、

20/22.26×3/1000×5342400×9 金 一二九、六〇〇円

(3)  前同二九年一月一日以降同年四月末日迄、

2850×20×4 金 二二八、〇〇〇円

右(1) (2) (3) 合計金三九六、〇〇〇円(原告請求額金二九〇、一〇三円)

(三)  前同二九年五月一日以降

各年度(毎年一月一日以降同年末日迄の間)の各坪当り賃料月額は前認定のとおりで原告請求の根拠たる坪当月額をいづれも上まわるから、右限度の原告請求は当然正当であるところ、同二九年四月末日以前の分の如き請求の趣旨において金額の明示をしてなす請求の仕方でないから真実の損害を算出して、それが原告請求限度を上まわることを確かめる実益がない。よつて結局において認容さるべき右原告請求限度の額を計算すると、

昭和二九年五月一日以降同年末日迄

2503×20×8 金 四〇〇、四八〇円

同三〇年一月一日以降同三五年末日迄、

20×12×(2728+3017+3329×4) 金四、五七四、六四〇円

同三六年一月一日以降毎月金六六、三八〇円の割合の金額以上(一)(二)(三)を合計すると、同二六年一〇月一日以降同三五年末日迄は金五、四八六、九八九円及び同三六年一月一日以降毎月金六六、五八〇円の割合の金額となる(尚右(一)(二)の請求額と(三)の合計金五、三六七、八二五円となる)。

そうだとすると結局原告等の損害金請求は昭和二六年一〇月一日前の分は全部理由がなく、右以降の分(前記(一)(二)の各括弧内請求額と同(三)の合計額)はいづれも証拠上認定されうる真実の損害額を下まわること前記のとおり明白であるから全部理由があることとなる。従つて右理由のない部分に対する被告の時効の抗弁については判断するまでもない。

第三、結論

以上の次第であるから原告等の建物収去土地明渡の請求については、被告の全抗弁は前提要件を欠きすべて理由がなく、その債務内容の性質上、結局被告は原告等各自に対し(不可分的に)大阪市南区難波新地五番町四二番地の四四宅地上に存する木造瓦葺一部二階一部三階建店舗(間口一六尺四寸、奥行四四尺五寸)(現盛進洋行履物店)を収去して右敷地二〇坪二合七勺を明渡すべき義務を有することとなる。次に損害金請求については結局被告は原告等に(可分的に)前記第二の(一)、(二)の括弧内請求金額欄と前同(三)の合計額金五、三六七、八二五円及び昭和三六年一月一日以降月金六六、五八〇円の割合による金員の支払義務を有することとなり、原告等各請求は右限度に限り理由があり正当として認容すべくその余の部分はいずれも理由がないから棄却を免れない。

仮執行宣言の申立については主文第二項にかぎり付し第一項については相当でないのでこれを却下することとし、これにつき民事訴訟法第一九六条、訴訟費用の負担につき同法第九二条但書、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 安芸保寿 杉本昭一)

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